裁判を起こすかどうかの判断
交通事故による被害について救済を受けるために損害賠償額の支払を受ける場面としては、保険会社との示談交渉による解決と裁判(訴訟)による解決が典型的なものです。
そして、損害賠償額算定の基準は、解決の場面ごとに異なる基準が存在します。
(1)自賠責保険(共済)の基準
(2)任意保険(共済)の基準
(3)裁判所の損害賠償額算定基準(弁護士会の損害賠償額算定基準)
なお、自賠責保険、任意保険は、保険会社が取り扱いますが、同じ内容で、責任共済事業を行う農業協同組合・農業協同組合連合会、消費生活協同組合・消費生活協同組合連合会などが取り扱う自賠責共済、自動車共済があります。(⇒自動車保険)。
このサイトで用いる「保険会社など」、「保険会社(組合)」とか、「自賠責保険(共済)」、「任意保険」などといった表現は、このような事情を踏まえての略称です。
結論からいうと、若干の例外を除くと、保険会社(共済)と示談するよりも、裁判を経た方が、支払を受けることができる金額が多くなるのが通例であり、殊に被害者が死亡した場合や被害者に後遺症(後遺障害)が残ってしまった事案では、支払を受ける金額の差が極めて大きなものとなる場合が少なくありません。
若干の例外として、自賠責保険(共済)による解決の方が訴訟による解決より有利になる場合としては、相当程度の過失相殺が見込まれる事案や受傷と死亡・後遺障害との因果関係の認定に困難が予測される事案が考えられます。
なお、物損事故の場合や、人身事故の場合であっても、損害が軽微である場合は、金額の差の割合は大きくとも、差額自体は小さくなりますので、迅速な解決という観点から、示談による解決が現実的である場合が多いといえます。
判決例
当法律事務所で扱った案件の中にも、裁判を起こした結果、支払を受ける金額が極めて大きくなったものとして、次のような事例があります。
事例1
死亡事故につき保険会社の提示額が6000万円弱であったものが、裁判を起こした結果、9200万円余りの支払を受けることができた事案。
事例2
重度後遺症の障害を負ってしまった事案で、共済の提示した支払残額はわずか54万円。しかし裁判を起こした結果2300万円余りの支払を受けることができた事案。
なぜ、このように損害賠償額に大きな差が出るのか、以下で、その理由をご説明いたします。
裁判所は、交通事故紛争においても、被害者救済のための最後の砦であり、裁判では、わが国における最高水準の賠償額が提示されることになります。
もちろん、裁判所においても、時代や制度上の制約はありますし、事実関係について主張・立証をどのように尽くすか、どのような法律論を展開するかという法廷闘争が重要となります。また、おかしな裁判官がいるのも事実ですが、別の問題ですので、以下では、わが国では、裁判所がもっとも最高水準の賠償額を認める存在であることを前提として、いかに高額の支払を獲得するかということに絞ってお話しします。
ただし、裁判所が最高水準の賠償額を提示するとはいっても、交通事故による損害賠償額は多額になるのが通例ですから、加害車両の運転者自身の資力だけで賠償額全部を支払うことはほとんど不可能というのが現実です。
そこで、我が国でも、自動車保険制度が設けられており、交通事故は、とりあえずは保険の発達している分野ということができます。
自動車保険を大別すると、自賠責保険(共済)と任意保険があります。
自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)は、自動車による人身事故の被害者を確実かつ迅速、公平に救済するために制定された自賠法(自動車損害賠償保障法)に基づいて、被害者の損害を最低限度保障するため、原則としてすべての車両について契約が義務づけられている強制保険です。
なお、保険会社と契約する自賠責保険とは別に、農業協同組合、農業協同組合連合会などと契約する自賠責共済(自動車損害賠償責任共済)がありますが、その内容は自賠責保険と同じです。
この法律の目的に沿って、自賠責保険(共済)の基準は、自動車による人身事故の損害を最低限度保障するためのものとなっており、自賠責保険の保険金の支払を受けるだけでは、裁判の基準で算定される損害賠償額には到底及ばないのが通例です。
任意保険は、この自賠責保険(共済)で足りない部分を補うために、契約者が保険会社(組合)との間で自主的に契約するものです。
任意保険が自賠責保険(共済)を上積みする保険であり、その中で「対人賠償保険」については、限度額のない無制限のものが広く普及しているので、保険会社(組合)と示談をすれば、裁判の基準における損害賠償額が支払われるように思われがちです。
しかし、保険会社(組合)は、無制限の対人賠償保険が適用できる場合、裁判が確定した場合には、裁判所が認定した賠償額をそのまま支払いますが、裁判が起こされる前の示談交渉の段階では、裁判の基準より低く決めた各社独自の支払基準によって示談提示額を算定するのです。
任意保険(共済)の基準は、あくまで示談における保険会社(組合)本位の支払基準にすぎないということを理解しておいてください。
保険会社(共済)と示談するよりも、裁判を経た方が、支払を受けることができる金額が多くなるのは、任意保険(共済)の支払基準が裁判所の基準よりも低いものであることに加え、裁判所であれば認める損害であっても、示談では、保険会社(共済)が認めない損害があるからです(弁護士費用、遅延損害金など)。
さらに、保険会社(共済)は、事実関係や法律論について加害者に有利なことをあたかも正当であるかのように主張して(基礎収入の金額、後遺症の程度、過失相殺など)、支払額の減額をしようとする場合も少なくなく、とても素人が太刀打ちできるものではありません。
保険会社(共済)の担当者はこんなことを言ってくるかもしれません。
「うちの基準だと、これしか出ません」
「被害者の方にも過失がありますので・・・」
「保険っていうのはこういうもんですから・・・」
そして、被害者・遺族の方は、こう思うかもしれません。
「保険会社の人がそう言ってるんだから、きっと、そうなんだろう・・・」
「確かに、こちら側にも過失があるようだし、しょうがないか・・・」
「保険会社から提示されてる金額も少なくないから、こんなもんかな・・・」
しかし、ご説明してきたとおり、保険会社(共済)と示談するよりも、裁判を経た方が、支払を受けることができる金額が多くなるのが通常です。
そして、殊に交通事故に遭い、死亡し、あるいは後遺症が残ってしまったような事案では、裁判を経た方が支払を受けることができる金額が相当程度多くなるのが通例なのです(ただ、通常の物損事故であるとか、比較的軽微な人損事故の場合は、示談による解決の方が、早期に賠償金の支払いを受けることができることも考慮して、方針を決めなければなりません。)。
「早く終わらせたい!!」とお考えになられるのはよく理解できますが、その弱点に付け込むのがプロのやり口なのです。交通事故に巻き込まれ、命を奪われてしまったり、怪我をして後遺症が残ってしまったりなどなど、元には戻らない状態にされてしまったうえ、損害賠償金を値切られてしまうのは、踏んだり蹴ったり、二重の不幸というほかなく、そのような事態は絶対に避けなければなりません。
とにかく、交通事故に関しては、保険会社だけで話し合いをするのではなく、必ず、弁護士に相談して裁判をすることをオススメします。
前田 尚一(まえだ しょういち)
前田尚一法律事務所 代表弁護士
出身地:北海道岩見沢市。
出身大学:北海道大学法学部。
主な取扱い分野は、交通事故、離婚、相続問題、債務整理・過払いといった個人の法律相談に加え、「労務・労働事件、クレーム対応、債権回収、契約書関連、その他企業法務全般」も取り扱っています。
事務所全体で30社以上の企業との顧問契約があり、企業向け顧問弁護士サービスを提供。