農業生産者の「休業損害」と「後遺症による逸失利益」
農業を営む依頼者の案件で,原告代理人として,訴えを提起した事例です。
被告(といっても,バックは保険会社で,被告の代理人弁護士も保険会社の指定です。)は,原告の農業収入(売上)は,本件事故の前後を問わず,特段の減収は認められないから,原告に休業損害はないと主張しています。
しかし,農業は,農業所得は,天候によって生産量が,受給関係によって価格が影響されるのですから,毎年収入がほとんど同じことを前提とする被告の主張がおかしいことはすぐわかります。
ただ,常識的に考えておかしいことであっても,裁判官にこのことを判決に書いてもらうことは本当に大変なことです。
上記の被告の主張に対し,詳しく反論してきましたが,今回,次のようなまとめた書面を提出しました。
******(以下,実際の『準備書面』より)*********************
平成22年(ワ)第●●●●号交通事故に基づく損害賠償請求事件
原告 ● ● ● ●
被告 ● ● ● ●
準 備 書 面
平成23年7月22日
●●地方裁判所 民事第●部●係 御中
原告訴訟代理人弁護士 前 田 尚 一
同訴訟復代理人弁護士 高 田 知 憲
原告は,消極損害に関する従来の主張を敷衍して,次のとおり補充・整理する。なお,略語等は,本書面で新たに用いるもののほか,従前の例による。
裁判所から和解案を提示されるに先立ち,現時点で,何をどのように述べておくかについて考えがまとまらず,本書面の提出が予定日を大幅に徒過する事態となったことをお詫びします。
第1 休業損害について
1 本件事故後の原告の稼働状況など
原告は,本件事故前より農業を営んでいたところ,それまでは,妻に経理を任せていたほか,収穫期等に臨時雇用する場合を除くと,ほぼひとりで農作業を行ってきた。
ところが,本件事故に遭った原告は,農作業の補助や作付け・段取りを決定する業務にとどまるほかなく,従来どおり経理を妻に任せるほか,農作業は,長男邦彦や臨時雇いの従業員に委ね,繁忙期にはさらに臨時雇用して対応するという事業形態に移行せざるを得ないこととなった。
本件事故後の原告の稼働状況と原告に代わるべく労働力を提供することとなったAの稼働状況は,次のとおりである。
(1)原告の稼働状況
本件事故により傷害を負った原告は,平成13年6月30日から同年11月28日までの間入院を余儀なくされたところ,その間,農業に従事できなかったことはもとより,退院した後も,本件事故で受けた傷害のため,後方をふり返ると痛みやふらつきが生じたりするほか,作業を長時間集中してすることができない状態となってしまった(なお,本件事故で受けた傷害により極めて不十分ながらも,農作業自体に従事できるようになったのは,平成21年4月ころになってのことである。)。
そのため,原告自身は,作付けの内容を決定したり,Aや臨時雇いの従業員に対し農作業の段取りを決定・指示するといった現場監督のような仕事を行うことに専念せざるを得ず,農作業については,トラクターなどの農作業用の車両を運転して車庫と畑の間を往復させたり,収穫物などのトラックへの積み込みや積み卸しといった短時間で済む軽作業をすることしかできなくなった。
(2)長男Aの稼働状況
農作業の中心的な業務,すなわち,畑の中でトラクター等の機械を使った土おこし,種蒔き,農薬散布,収穫などは,後方をふり返って確認をしたり,長時間集中しなければならないものであるので,前記(1)の状況にある原告には対応できず,Aや従業員が,原告に代わって行うようになった。
Aは,本件事故後すぐに原告に代わって農作業に従事すべく,勤務先を休み,平成13年10月には勤務先を退職して,農作業のための労働力を提供するようになった。
もっとも,高校時代に家業を手伝ったことがある程度のAは,満18歳のときにトラクターの免許を取得してはいたものの,農業従事経験はないに等しく,直ちに農業従事経験が30年に及ぶ原告の経験に裏付けられた技術を代替しきることはできるはずもなかった。
すなわち,Aは,原告に代わってトラクター業務を行うようになったものの,平成13,14年度中は,完全には代替的な役割を果たすことはできなかった。
しかし,原告が徹底して必要な技術を教え込んだところ,Aも,平成15年にはその業務に慣れ,一人前とはいえないものの,原告の指導監督の下,原告が担っていた作業を一通りこなせるようになり,概ね原告の代替的な役割を果たすこととなった。
2 休業損害の考え方
原告の農業収入(売上)は,本件事故の前後を問わず,年間3000万円超を計上しており,特段の減収は認められないから,原告に休業損害はないというのが,被告の主張の骨子である。
確かに,休業損害の算定において,事業所得者の場合,原則として申告所得額を基礎とし,申告所得額を上回る実収入額の立証があった場合には,実収入額によるものとし,給与所得者の場合と同様,事故前の実収入額に着目するのが実務的運用である。
しかしながら,休業損害は,治療期間中の休業ないしは不十分な稼働状況により,事故がなければ得られたであろう収入を失ったことによる損害であるから,論理的には,事故がなければ事故後に得られたであろう収入を基礎とすべきものである。
それにもかかわらず,上記のように,まずは事故前の実収入額に着目されるのは,交通事故損害賠償事件における損害額の判断が,多くの虚構といってもよいものに大きく左右されざるを得ないところ,比較的確度をもった資料によって容易に把握しやすい事故前の収入額が,事故後に得られるであろう収入の近似値となることに一定の蓋然性が認められるからであると推察される。
もっとも,事業所得の場合,同じく有職者であっても,給与所得の場合に比して,期間収入が近似値となることの蓋然性は低く,とりわけ農業所得は,天候によって生産量が,受給関係によって価格が影響され,収入が大きく変動することを特質とするから,上記蓋然性はかなり低いものとなる。
そして,基礎収入も,一定の虚構を前提に認定せざるを得ないとしても,損失の公平な分担の観点からは,可能な限り蓋然性のある額が算出されるべきことは当然のことであって,事件毎に,その具体的事情に即応して算定されるべきことはいうまでもない。
したがって,事故前後を通じて原告の農業収入(売上)には特段の収入減が見られないとの一事をもって,原告に休業損害はないと断定するのは,失当であるといわなければならない。
3 原告の収入と支出の個別具体的な事情
税務申告上の数字だけを拾えば,被告の指摘するとおり,事故前後を通じて原告の農業収入(売上)には特段の収入減は認められないようにも見える(平成22年9月27日付け被告準備書面の第1の3)。
しかしながら,原告の収入が外見上減少しなかったのは,平成22年7月22日付け原告準備書面の第3で詳細に述べたとおり,原告の経営努力の結果や自然現象などが大きく影響しており,これらの事情は休業損害を算定するうえで考慮すべき事情ではないことに留意すべきである(この限り,宝くじがあたって収入が減少しなかったとしても,休業損害はないということはできないのと同様である。)。
そして,事業としての農業の特質に照らし,税務申告上の数字を基に期間的な対応関係などによる修正を施して適切な実数を把握したうえ(平成23年1月31日付け原告準備書面の2参照),本来得られたであろう収入又は出捐しないで済んだはずの支出などを勘案して休業損害を検討すると,次のとおりである。原告の休業損害額は,平成13年度は695万円,平成14年度は700万円,平成15年度は271万円,平成16年度は230万円,平成17ないし19年度は200万円を下回らないと考えられる。
(1)平成13年度,14年度の状況
前記1のとおり,原告は農作業に従事することができず,馬鈴薯,キャベツの各売上高が減少した。この収入減は,原告の治療期間中の休業あるいは不十分な稼働状態によるものであり,事故がなければ得られたであろう収入を失ったことによる損害である休業損害と評価されるべきものである。
すなわち,Aは,本件事故が発生した後すぐに,原告が行っていた作業を行い始めたが,例えばトラクターを用いてする防除作業までもを十全に対応することはでき(上手く運転しないと,トラクターに装備された水平に長い竿(ブーム)を折ってしまったり,適切な速度で運転しないと,防除剤の散布が多すぎたり,散布にむらができたりすることになり,同作業には相当の技術を要する。),この期間,熟練された作業を必要とする馬鈴薯,キャベツの売上高が減少することとなった。
もっとも,Aが農作業に従事したことにより,原告の指導監督の下,不完全ながらも代替労働力として一定の収入減少を回避しており,Aに係る雇用費用相当額である支出増も,原告の休業損害を構成するものといわなければならない。
したがって,この期間における原告の休業損害は,上記の収入減と支出増の合計であって,その額は,次の表のとおり,平成13年度が695万円,平成14年度が700万円と認めるのが相当である。
│馬鈴薯の │キャベツの│人件費支出│ 合 計 │
│生産・販売│生産・販売│に係る損害│ │
│に係る損害 │に係る損害│ │ │
│平成13年度│500万円│ 80万円│115万円│695万円│
│平成14年度│500万円│ │200万円│700万円│
以上の詳細は,平成23年1月31日付け原告準備書面の3で述べたとおりである。
(2)平成15ないし19年度の状況
この期間においても,前記1(1)のとおり,原告自身が農作業に従事することができない状況であり,その状況に甘んじれば,上記(1)の期間と同様に収入減を余儀なくされることになるはずであった。しかし,前記1(2)のとおり,平成15年度からはAの代替労働力が確保され,そのような事態は回避された。
したがって,この期間中は,収入減がないとしても,Aの労働に対し支出した妥当な対価をもって,代替労働力の雇用費用として,原告の休業損害と考えるのが合理的であって,平成15年度,16年度については,それぞれ,実際に支給した金額である271万円,230万円を,平成17ないし19年度は各200万円を原告の休業損害額であると認めるのが相当である。
以上についての詳細は,平成23年1月31日付け原告準備書面の4で述べたとおりである。
4 被告が経理数値を取り上げながら縷々不合理と指摘する点については,甲第15ないし第18,第20号証,特に被告が平成23年3月15日付け準備書面で指摘する点については,甲第20号証において,B税理士が,原告における経理状況の実態を踏まえ会計・税務的観点から明確に反論しているとおりであって,被告が指摘するような不合理を認める余地はない。
5 なお,平成23年1月31日付け原告準備書面の6で述べたとおり,仮に上記構成が何らかの理由で採用されないとしても,以上の事情を慰謝料を増額させる事由として考慮するのが相当であり,原告の治療期間に見合う基準額に上記金額を加算した金額をもって受傷に対する慰謝料の額とするのが相当である。
ただ,原告としては,以上述べたところを休業損害の算定に考慮すことによって,慰謝料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出するのが望ましいと考えている。
第2 後遺障害による逸失利益について
1 基礎収入
後遺障害による逸失利益の算定における基礎収入については,休業損害の場合と異なり,症状固定後就労可能な18年間に渡って具体的事情を推測することは困難であるので,事故前の申告所得額を基礎とすることとなる。
具体的内容は,平成23年2月18日付け訴え変更の申立書の第2の1(3)のとおりである。
2 第2事故の寄与度
被告は,原告の症状について,平成17年5月6日に発生した転落事故(以下「第2事故」という。)の寄与度が大きく,C病院脳神経外科のD医師の見解及び自賠責保険後遺障害等級認定の存在によっても,そう考えることは不合理ではないと主張し(平成23年3月15日付け被告準備書面の第2),これに沿う証拠として,Eクリニック院長北F医師による意見書(乙14)を提出する。
しかしながら,これは,当の本人を診断することなく,専ら被告側で選択したCT写真(乙15)を基に一般的な画像所見を述べるものに過ぎず,そもそも個別具体的な信頼性のレベルについて疑義があるうえ,第2事故後に変化した症状がないをこと理由として,現在の症状は全て本件事故による外傷の影響である(100%)と判断するD医師の回答(乙8の2ないし4枚目)があることなどからすると,原告に残存し後遺障害等級併合第6級に該当するとされた後遺障害に第2事故の影響は認められず,全て本件事故によるものであることは覆されない。
被告が,第2事故の影響を否定している自賠責保険後遺障害等級認定(甲2)がD医師の見解に大きく影響していると思われるとする点は,全く裏付けのない単なる憶測に過ぎない。
なお,被告は,D医師の関与の程度を問題として指摘するが,同医師が回答したのは,保険会社が同医師宛に照会したからに過ぎず(乙8の1枚目),病院内の内部的連携を前提としてされていることは容易に推察できるものであるし,そもそも,D医師が外来診察で4回ほどしか関与しているに過ぎないのは,第2事故に係る治療期間自体が短かったためである。むしろ,D医師は,本件事故によって受傷して以来,第2事故を挟んで,原告の診療にあたっており,上記回答をするに最適の専門家であるというべきである。
3 症状固定日
なお,原告の症状固定日は,E医師の診断書(甲4の1)によって平成19年8月31日と認めるべきところ,被告は,症状固定日を平成14年10月28日とみるべきであると主張するが,経過の外面だけを見てする推測に過ぎず,丸7年に渡って原告を診療した医師の実質的な判断結果を覆すものではない。
詳細は,平成23年3月22日付け原告準備書面で述べたとおりである。
以上
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○「弁護士前田尚一法律事務所(札幌)」
○「札幌交通事故・後遺症救済センター」
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前田 尚一(まえだ しょういち)
前田尚一法律事務所 代表弁護士
出身地:北海道岩見沢市。
出身大学:北海道大学法学部。
主な取扱い分野は、交通事故、離婚、相続問題、債務整理・過払いといった個人の法律相談に加え、「労務・労働事件、クレーム対応、債権回収、契約書関連、その他企業法務全般」も取り扱っています。
事務所全体で30社以上の企業との顧問契約があり、企業向け顧問弁護士サービスを提供。