平成26年1月23日民事第1部判決
札幌地方裁判所判決
平成25年(ワ)第1009号
損害賠償請求事件
平成26年1月23日民事第1部判決
主 文
1 被告は、原告に対し、1460万6020円及びこれに対する平成23年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その3を被告の、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、2360万8579円及びこれに対する平成23年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、札幌市南区澄川のコンビニエンスストア店舗前の歩道を自転車で走行していたところ、同店舗駐車場から出てきた被告の運転する普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)に衝突された交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償2360万8579円及びこれに対する不法行為の日である平成23年11月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実等
(1)本件事故
ア 日時 平成23年11月2日午後5時5分頃
イ 場所 札幌市南区澄川4条1丁目1番先路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 加害車両 被告運転の被告車両(札幌PゆQ)
エ 被害者 原告
オ 事故態様 本件事故現場において、原告が自転車に乗車して、サンクス澄川4条店(以下「本件店舗」という。)前の歩道を走行していたところ、本件店舗駐車場から出てきた被告車両が、原告の存在を確認せず進行したため衝突した。
(2)責任原因
被告は、本件事故当時、運転者として加害車両を自己のために運行の用に供していたものであり、かつ、自車を発進させるに当たっては進行方向及び左右を注視し状況を十分確認し、歩行者や走行車両等がある場合は当然これを避けるべき注意義務があるのに、これを怠った過失により本件事故を発生させたものである。自動車損害賠償補償法3条及び民法709条に基づき、本件事故から生じた損害を賠償する責任を負う。
(3)被告の受傷及び後遺症
ア 被告は、本件事故により、左橈骨頚部骨折等の傷害を負い、以下のとおり、入通院治療を受けた。
(ア)入院 平成23年11月2日から同月8日まで7日間
(イ)通院 平成23年11月9日から平成24年8月31日まで297日間(ただし、実通院日数は47日)
イ 後遺症
原告の本件事故による傷害は平成24年8月31日に固定し、自動車損害賠償補償法執行令の別表第2による後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)12級6号に該当する左橈骨頚部骨折に伴う左肘関節の機能障害、左前腕の可動域制限及び左橈骨頚部骨折後の変形傷害等の後遺障害が残存した。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)損害
(原告)
ア 治療費 115万3037円
イ 諸雑費 1万1200円
1日1600円として入院7日分である。
ウ 通院交通費 3万6140円
エ 文書料 1万1025円
後遺障害診断書や画像を取得するための費用である。
オ 修学旅行代金 3万6716円
本件事故により、原告は、予定していた修学旅行に参加できず、旅行代金相当額の損害を受けた。
カ 後遺障害による逸失利益 1575万7379円
原告は、本件事故当時16歳(平成7年1月15日生)の健康な男子であったところ、本件事故により後遺障害等級12級に該当する症状が残り、労働能力喪失の割合は14パーセントである。原告は、本件事故当時は高校生であったが、その後大学に進学しており、本件事故に遭わなければ、大学卒業後22歳から67歳まで45年間にわたって稼働可能である。したがって、原告の基礎収入は事故前年である平成22年賃金センサスの、男性の大卒・全年齢平均の賃金額である633万2400円を基礎とするべきであるから、年5分の割合による中間利息をライプニッツ方式(ライプニッツ係数17.7741)により控除して計算すると上記金額となる。
キ 傷害慰謝料 170万0000円
原告は、本件事故後、傷害固定までの治療期間は入院7日間、通院297日間に及び、しかもその間、原告は高校に通学しなければならなかったため、退院後も学校を早退したりしながら通院し、その行動の自由は大きく制限されたから、慰謝料の額は上記金額を下らない。
ク 後遺症慰謝料 400万0000円
原告には後遺障害等級12級に該当する障害が残った。また、後遺障害の内容は、左肘関節の可動域制限であるところ、これによって、左手を自由に動かすことができなくなったため、以下の精神的苦痛を被り、その慰謝料は上記金額を下らない。
(ア)通院中、ギプスで固定しているところを同級生から、「ナンコツ」という不名誉なあだ名をつけられたことにより、同級生とケンカになったことが発端で窓ガラスを割ってしまい、その責任を取って、学校から退学を迫られ、転校を余儀なくされたこと。
(イ)原告はサイクリングが趣味であるところ、本件事故による後遺障害によって自転車のハンドルを両手で持ちにくく、自転車の運転に支障を生じていること。
(ウ)大学に入学したものの、部活動やサークルの選択肢が限られること。
(エ)今後将来の就職においても差別され不利益が生じうること。
ケ 損害の填補 123万6918円
原告は、任意保険から上記金額の支払いを受け、損害が填補された。
コ 小計 2146万8579円
サ 弁護士費用 214万0000円
本件の審理内容、経過からすると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は上記金額を下らない。
シ 合計 2360万8579円
(被告)
ア 治療費は認める。
イ 諸雑費は、1日1500円の限度で認める。
ウ 通院交通費は認める。
エ 文書料は認める。
オ 修学旅行代金は認める。
カ 後遺障害による逸失利益は、原告の後遺障害等級が12級であり、労働能力喪失率が14パーセントであること、基礎額として平成22年賃金センサス男性の大卒・全年齢平均の賃金額である633万2400円とすることは認め、その余は争う。原告は、労働能力喪失期間を45年間とするが、原告の左肘関節内部には外傷による特段の異常は認められず、このような可動域制限は術後の患部固定による筋拘縮によるものと考えられ、こうした軽度の拘縮による可動域制限は、その後の時間経過や運動によって症状の回復、改善が十分見込まれるのであり、原告のような若年にあっては身体的な快復力は高く、この症状が67歳まで継続するとは考えがたい。病院におけるリハビリ期間中においても徐々に症状が改善してきたことが診断されており、後遺障害等級12級の神経症状による場合と同様に就業時(22歳)から10年とするのが相当である。
キ 傷害慰謝料は争う。
原告は、入院7日、実通院日数は47日間であり、その通院はほとんどリハビリを目的としてのものであり、原告の請求は過大である。
ク 後遺症慰謝料は争う。
原告の請求は、後遺障害等級12級としては過大である。原告の主張する精神的損害のうち、その主張(ア)は、自らが招いたものであり、本件事故との相当因果関係がなく、通院中の出来事であって後遺障害とも何ら関係がない。同(イ)、(ウ)は、通常の後遺障害等級12級の身体的障害に当然含まれているものであり、同(エ)も、不確定要素にかかるものである上、逸失利益の問題であり、慰謝料の算定上問題とされる事柄ではない。
ケ 損害の填補については、123万6918円が既払いであることは認め、その余は争う。
コ 小計、弁護士費用、合計は争う。
(2)過失相殺
(被告)
ア 自転車も軽車両であるから、自転車で走行する原告には交通関与者として道路交通法の定める注意義務があり、本来歩道上の走行が原則禁止されており、たとえ歩道上を走行する場合であっても路外の駐車場等から車両が出入りすることが十分予測されるのであるから、原告はその前方を十分注視して走行する注意義務を負っていたが、原告は、被告車両の動静に注意を払わず、右注意義務を怠った。これは10パーセントの過失割合に相当する。
イ さらに、原告は、本件事故時には、日没後で辺りが暗くなっていたのに、無灯火で進行していたのであるから、著しい過失があったものとしてさらに10パーセントの加算修正がなされるべきである。
ウ よって、本件事故の過失割合は原告20対被告80と考えるのが相当である。なお、原告は、本件事故現場の道路は幹線道路であると主張するが、本件のような歩道上の事故では幹線道路の修正はなんら意味を持たないし、被告は、左折進行を割愛するためにコンビニエンスストアの駐車場を通過したのではなく、コンビニエンスストアを利用しようと思ったものの駐車場がいっぱいだったために、先に子供を迎えに行こうと考えて、そのまま路外に出ようとしたに過ぎないから、原告の批判は当たらない。また、徐行していなかったとする点についても、被告が、原告に気付いてから停止するまでわずか1.4メートルしか進行していないことからすると、低速で進行していたことは明らかである。
(原告)
ア 原告が、基本的に10パーセントの過失を負担することは争わない。
イ 被告が主張する原告の無灯火について、無灯火であったこと自体は争わないが、被告は、原告が進行してきた左方についてほとんど注視していなかったのであるから、無灯火は事故発生に意味を持たない。
ウ 本件事故現場は、多数人が訪れる場所であるコンビニエンスストアの駐車場であり、通常の道路・歩道より多数人の往来が予測される場所であるから、コンビニエンスストアの駐車場から発進しようとする者は、通常の路外車が道路に進入する場合に比して一層注意しなければならないから、幹線道路と同等の注意義務があり、原告には通常より5パーセントの過失の減算が認められるべきである。
エ 被告は、一度も駐車場で停車することなく、原告を発見してすぐブレーキをかけたが、結局停止するまで約2メートル進行しており、徐行していなかった過失もある。
オ 被告は、コンビニエンスストアに用事があったわけではなく、交差点での左折進行を割愛するショートカットの方法をとったのであり、原告としても被告のこのような動静まで予測して対応することは困難であった。
カ 被告は、自転車が歩道上を走行したことを問題視するが、自転車の歩道上の通行規制や右側通行規制は、路外から歩道を横断して道路に進入する車両との衝突防止のために定められているものではなく、本件事故に関する原告の過失として考慮すべき事情に当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)について
(1)本件事故においては、被告も基本的な責任についてはこれを争っていないものの、過失割合が問題になり、損害額の算定に影響するから、まずこれを先に検討する。前提となる事実に加え、後掲の証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告(平成7年1月15日生)は、本件事故時、本件事故現場付近の道路の歩道(自転車通行可)上を、自転車に乗って無灯火で進行していたが、右側の本件店舗の駐車場の様子には特に注意を払わないでおり、被告車両に気付いたのは、衝突直前であった。(甲1、乙13ないし15)原告は、被告車両の動静を注視していたとの主張もあるが、上記に照らし採用できない。
イ 被告は、市道澄川裏通線を南東方面から被告車両を運転して進行してきて、本件店舗に東側出入口から入ろうとして左折したものの、本件店舗の駐車場がいっぱいであったため、子供を先に向かえに行こうと考え直し、停止することなく、駐車場内の道路を通過して同駐車場の西側出入口から市道平岸澄川線に出ようとして、左には駐車車両があったが、左方を注視することなく道路手前の歩道にさしかかったところで自転車に乗った原告に気付いてブレーキを踏んだ。(乙1)
ウ 本件事故発生時刻は平成23年11月2日午後5時5分頃であり、当日の札幌の日没時刻は午後4時27分であった。(乙17)
エ 原告は、被告車両を見つけて左に回避したが、原告と被告車両が3.3メートルある歩道上の中間ほどで、被告が原告を見つけたのとほぼ同時に衝突し、本件事故が発生した。被告が原告に気付いてから停止するまでの距離は、被告の指示によれば1.4メートルであった。また、原告は衝突により衝突場所から2.5メートル先に転倒した。(乙13ないし16)
(2)以上の事実に基づいて検討すると、本件事故は、歩道を横切って路外から車線に出ようとした被告車両が、歩道上を進行してきた自転車と衝突した事故であり、その過失の大部分は、歩道を横切って道路に出ようとした被告車両を運転する被告の前方不注視にあるが、原告においても、自転車という軽車両の運転走行をし、コンビニエンスストアの出入口付近を走行しているのであるから、前方に出てくる車両等の動静を注視すべき義務があり、その過失割合は、修正要素がない限り、原告10対被告90と考えるのが相当である。そして、本件事故は日没後約38分を経過してから発生したことからすると、本件事故現場付近は相当程度暗くなっていたから、無灯火で進行していたことは原告の過失を捉えることができる。この点、原告は被告が左方に注意を払っていない以上影響を与えないと主張するが、夜間にライトを点灯させた車両や自転車が近づけば、その灯りで車両等の接近に気付くことができるから、無灯火であったことは、本件事故の発生に影響を与えているというべきである。一方、原告は、被告が、信号をショートカットしようとしたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく認められず、また、被告が徐行していなかったと主張するが、被告が原告に気付いてから衝突するまでの距離がわずか1.4メートルであることを考えると、被告車両の速度は極めて低速であったと認められるから、被告が徐行していなかったとはいえない。また、原告は、本件事故現場が幹線道路と同視できる人通りが多い場所であると主張するが、商店街というわけではなく、コンビニエンスストアであるというだけで幹線道路と同視できるだけの人通りがあるとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠も見あたらないから、これを認めることはできない。なお、被告は原告が歩道上を進行してきたことを問題視しているが、本件事故のあった歩道は自転車が通行できるとされており、本件事故はその歩道上で発生したものであって、被告の責任は加重される。上記の状況を総合して検討すると、本件事故の過失割合は、原告15対被告85とするのが相当である。
2 争点(1)について
(1)原告の主張する損害のうち、治療費の115万3037円、通院交通費の3万6140円、文書料の1万1025円、修学旅行代金の3万6716円については争いがない。
(2)諸雑費については、1日1500円とするのが相当であり、入院期間7日であるから1万0500円となる。
(3)後遺障害による逸失利益は、原告の後遺障害等級が12級であり、労働能力喪失率が14パーセントであること、基礎額として平成22年賃金センサス男性の大卒・全年齢平均の賃金額である633万2400円とすることは争いがない。ところで、被告は、可動域制限が筋拘縮によるものであり、労働能力喪失期間10年と主張する。しかしながら、左橈骨頚部には骨折の影響で軽度の変形があり、医師の診断では10年程度で改善せず不変であるとされている(甲2,5)のであるから、被告の労働能力喪失期間は45年間とするのが相当である。ところで、原告は、16歳時に本件事故に遭遇しているから、逸失利益の計算においては16歳から67歳までの51年間のライプニッツ係数から、16歳から大卒時である22歳に達するまでのライプニッツ係数を差し引くのが相当である。よって、下記計算のとおり、原告の逸失利益は1175万8392円(1円未満切り捨て。以下同じ。)となる。
6,332,400×0.14×(18.3390-5.0757)≒11,758,392円
(4)傷害慰謝料については、入院7日、実通院日数が47日であるからその額は118万円とするのが相当である。
(5)後遺症慰謝料については、後遺障害等級12級であるから290万円が相当である。原告は、慰謝料の事由を主張するが、友人とのケンカ等による転校は自己責任にかかり、本件事故と相当因果関係がなく、その他の事由は、そもそも慰謝料算定上通常考慮される事由であるから、上記金額を増額する事由にはならない。
(6)上記(1)から(5)を合計すると1708万5810円となる。
(7)これに、上記1で検討した原告の過失割合(15パーセント)による分を減額すると、原告の損害は1452万2938円となるところ、原告が既払金として123万6918円受領済みであることは争いがないから、これを差し引くと1328万6020円となる。
(8)弁護士費用としては、本件の審理内容、経過に鑑みると本件事故と相当因果関係のある額は132万円とするのが相当である。
(9)以上によれば、原告の損害は、1460万6020円となる。
第4 結論
以上によれば、原告の請求は主文の限度で理由があるから、その限度でこれを容認し、その余は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
裁判官 千葉和則
前田 尚一(まえだ しょういち)
前田尚一法律事務所 代表弁護士
出身地:北海道岩見沢市。
出身大学:北海道大学法学部。
主な取扱い分野は、交通事故、離婚、相続問題、債務整理・過払いといった個人の法律相談に加え、「労務・労働事件、クレーム対応、債権回収、契約書関連、その他企業法務全般」も取り扱っています。
事務所全体で30社以上の企業との顧問契約があり、企業向け顧問弁護士サービスを提供。